指の手術

忘れもしない今からちょうど1ヶ月前のできごと。

日本で被災した方達の大変さに比べたら、全然大したことないのですが、自分としてはかなりショックな事件だったので、一応記しておこうと思います。

今では、すっかりとは言えませんが、かなり回復してきて、ひきつるような痛みやまだまだ不便さはあるもののだいぶ落ち着きました。

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(指を抱っこしてくれているみたいでしょう。)
でも、まだあと半月はこの状態で、その後大変なリハビリが待っています。(指は本当に頑張らないとちゃんと元のように動くようにならないと先生に言われてます…)
さぁ、頑張らなくちゃ~。





今でも思い出すたびにぞーっとします。

さぁ、カレーライスでも作ろうと、玉葱の皮を剥くのに水で洗いながら端を切っていると包丁の歯が滑って、わたしの右手の親指の甲側のちょうど間接のとこにちょこんとあたっちゃった。(左利きです…)
って、思って見ると、なんとぱっくりと開いてる。
びっくり~。ちょっとあたっただけだと思ったら、いやいや重症だ。
そして血がぽとぽと。
急いで近くにある紙ナプキンで指を押さえ止血を試みてみるが止まらない。これはやばいと思い、だんなに電話してすぐに来てもらう。

絆創膏でも貼ろうと洗面所に行き、鏡を見てみると唇が紫色になっている。
それを見た途端ちょっとくらっときた。
結局、片手で止血しながら絆創膏を貼るのは無理と分かり、その辺にかけてあった手拭タオルでぐっと包み、心臓より上、心臓より上と頭の中で繰り返し、止血しながらだんなが来るのを待つ。

やっとだんなが着き、私の指を見て急いでSAMUに電話するが、指を切っただけじゃあ救急車は駆けつけないとのことで、薬局か救急に自分で行くよう指示される。
とりあえず、近くの薬局に行き見せると、すぐに救急へ行けとのこと。しっかりと止血してくれてる間、だんなが車を取りに行く。

そして、一番近くの病院(Hôpital Cochin)の救急へ。
救急はかなり待つとだんなから言われていたので、覚悟して待つ。
一度、30分くらいで呼ばれたので、な~んだ早いじゃんと思って入って行くと、看護師の診察。
怪我状態を見て、問診を受ける。
そして、また待合室へ。ここからが長かった。

途中で娘と息子を迎えにだんなが帰って行き、後は一人で待つ。やはり長い。3時間ほど待ったところで、やっと呼ばれる。
中へ入って、医者が診て、すぐに部分麻酔を打って傷の奥まで診る。

「だめだわ、傷が深すぎる。ここじゃどうにもできない。オペして、傷がどの辺まで達しているか確認しなくちゃ。指はとっても大切なのよ。指を甘くみちゃだめよ。」

それまではすぐに縫ってくれて家に帰れる~っと思ってたので、そこで初めて大変なことをしてしまった…とがっくりし、泣けてきた。
「でも、まだ息子が小さいので入院は…おっぱいもあげてるので薬は…」など言ってると、医者に「子供何歳よ。」「14ヶ月です。」「もうおっぱいなんてあげなくてもいいわよ!」「でも、アレルギーがひどくて…」「そんな子たくさいるわよ。」…冷たい医者…
もう一人整形の先生が来て、確認をする。
「オペをしてどの辺まで傷が達しているか確認するので今日は家に帰って朝また来て!」
その後整形外科で手術のRDVの紙をもらい、がっくりしながら帰宅の途につく。

次の日は水曜日、エンベの習い事がある日だ。
帰り道に急いで友人に電話して、朝からエンベを見ててもらい、日本語教室だけは連れて行ってもらうことにした。
幸い、マッチョンはクレッシュ。

そして、次の日朝早く、みんなに見送られて、一人バスに乗って病院へ。
受付を済まして、病棟へ案内される。
相部屋で隣には昨日運ばれて来たらしいおばあさんがいた。
かなり待って、看護師が来て色々問診したり、手術担当の先生が診察に来たり。
看護師からは今から全身この消毒液で洗ってと言われ、シャワーを浴びていると手術室へ行くと呼びに来た。
ここまでで、もう2時間半以上は待たされていた。

ベッドごと運ばれ(指なのに大げさだなあと思いつつ)、下でまた待機。こんな経験初めてなので、超ドキドキだった。
次に麻酔を打つための診察。
全身ではなく、局部、それも腕全体ではなく、エコーで腕の内部を見ながら親指から中指くらいまで効くように麻酔を打っていく。
国立病院なので、インターンが多い。麻酔を打った人もインターンだった。
少しずつ麻酔が効き始めて、でも前の手術が長引いてて、まだまだ待機。
2時間持つと言う、麻酔が切れないか心配だった。
やっと、手術室に入れたのはもう12時過ぎだった。
やはり、インターンだらけ。
部分麻酔なので、腕のところは見えないように隠されてるけど、声は全部聞こえるし、なんだか怖かった。
それに、指にも少しは感覚があるので、されていることを想像してしまって、くらくらした。
それに加え、麻酔がちゃんと効いてない!
効いているところとほとんど効いてないところが…
で、痛いので言うと点滴にドリプランを追加してくれる。でも、全然痛い。と言うか、かなり痛かった。最後はほとんど効いてないような…
先生に言うと、今は縫っているところでもうすぐ終わるからって。それが痛いのに…
手術自体は1時間もかかってないけど、すっごく長く感じた。
もう、こんなのは2度と味わいたくない。出産の痛みよりも痛く感じた。

一番嫌だったのは、手術中はずっと声が聞こえてたので、先生が「カタストロフ。しまった!」と言ってたり、インターンの人達に説明しているのが聞こえてた。

結局、傷はかなり深く腱まで切れてしまっていたため、小さな金属で腱を固定したらしい。
最後、縫っている時は、先生、歌なんて歌ってた…余裕過ぎるって。

終わってから、落ち着くまで下で待機した。
痛いと伝えたら、かなり強い薬を点滴に入れたらしく、体や瞼が重くなって、寝てしまった。

少し落ち着いて、病室へ。
だんなには朝行ったきりで、電話をすることができなかったので、心配して病室までやって来た。
その時は、麻酔が完全に切れるのを待っている時だった。
朝から何も食べてなかったし、飲んでなかったので、喉がからからで何か飲みたいと伝えて、ようやくホットチョコレートとバゲット、バター、ジャム、ヨーグルトが運ばれてきた。
でも、強い痛み止めで気持ちが悪くなり、水を飲んだだけでも嘔吐してしまい、結局18時頃まで病室にいた。

「吐き気が治まらなかったら、今晩は入院して明日帰って」と言われたけど、そんなの無理だし嫌だった。とにかく早く家に帰りたかった。

子供達が待っているし、なんせだんな一人で二人の子供を見るのは絶対に無理。
で、意地でも家に帰って来た。
家に着いたら、友人が二人の子供のお世話をしていてくれて、夕飯まで作ってくれてて、本当に助かった。
それに加えて、私が食べられないのを見て、おじやまで作ってくれた。
少し落ち着いて食べたら、美味しいこと。
病院で出された食事なんて朝から何も食べてない胃にかなりの負担がかかってた。
あの優しい味付けのおじや。今でも忘れない。

ってな感じで散々なことになっていました。

その後も、子供達が(特にマッチョン)いつものように私が抱っこできなかったり、居なかったりしたのでちょっと精神不安定になってたり、私自身、友人達が色々手伝いに来てくれてたけど、指が不自由プラス痛くて思ったように動けなかったりするので、いらいらが募り、それプラス日本の大惨事が起こり、心が痛んだりしてストレス性胃炎になったりしてましたが、今は落ち着きました。

子供達をお風呂を入れれるようにもなったし、少しは包丁で野菜も切れるようになったし、なんとか鉛筆も持って字が書けるようになったり…

あぁ、本当にお馬鹿なことをしたと思ってます。が、起きてしまったことだし、もうしょうがない。
とりあえずは、元の通りに右手の親指が動くようになることを願っています。
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by ecureuil | 2011-04-01 07:29 | 私、ecureuil


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